GPSソーラーウオッチの設計・製造技術
世界初の
GPSソーラーウオッチを開発した
エプソンの技術
セイコーエプソン(株)(当時:諏訪精工舎 以下:エプソン)は1969年に、世界初※となるクオーツウオッチ『クオーツアストロン 35SQ』を開発しました。クオーツウオッチは、それまで日差十数秒の誤差が当たり前であった機械式時計の概念を刷新。日差わずか±0.2秒という高精度を実現し、時計史に革命を引き起こします。
その『クオーツアストロン』の開発から43年経った2012年、エプソンは再び時計史に革命を起こす、世界初※となるGPSソーラーウオッチ『7Xシリーズ』を開発します。このGPSソーラーウオッチに搭載されているエプソンの技術を解説します。
- 2012年9月時点、当社調べ
GPSの確かな受信技術が
正確な時を刻む
一般的な電波時計で使用されている電波は、地上の送信所から送信される標準電波です。この標準電波はグローバルな視点で見ると、日本など世界に数カ所にある送信所近くの電波の届く範囲にサービスエリアが限られてしまいます。そこでエプソンは、このように地域的な制約がある商品ではなく、世界中のどこに行っても正確な時を刻むことのできる、電波時計の開発に乗り出します。注目したのは、GPSでした。
GPSは、Global Positioning Systemの頭文字を取ったもので、全地球測位システムを意味し、米国によって運用されています。GPS衛星は、地球上約2万km、傾斜角55度の6つの軌道に4基ずつ計24基配置され、約12時間で地球を1周しています。GPS衛星の数は予備や保守の関係で変わりますが、約30基で運用されています。このシステムにより地球上のどこにおいても常に複数個のGPS衛星が見えることから、その複数個のGPS衛星からの情報を受信し、三角測量の要領で位置演算することで、地球上どこでも自身の現在位置(緯度・経度)を知ることができます。
GPS衛星には、クオーツウオッチで使われている水晶発振子の精度よりも高い、10万年で1秒以内の誤差という高精度のセシウムやルビジウムの原子時計を搭載しており、協定世界時 (UTC (Universal Time Coordinated))に同期した時刻情報を常に送信しています。
GPSは1970年代に米国国防総省で軍事用に開発が開始されましたが、1990年代に民生用途にも全世界に開放し、自由にGPSを利用できるようになりました。
エプソンが世界で初めて開発したGPSソーラーウオッチは、この情報を正確に受信することで、正確な位置と時刻の特定を実現しています。
世界各地のタイムゾーンを
スピーディーに確定
19世紀後半、地球を1時間ごとに経度で刻む(360度÷24時間=15度)、15度毎に分割するタイムゾーンの概念が生まれました。しかし時が経つにつれ、各国政府が独自にタイムゾーンを設定するようになりました。そして開発当時の2012年では39のタイムゾーンがあり、15度毎に正確に分割されていません。各地の時刻を正確に確定するためには、緯度・経度に加え、各タイムゾーンを自動的に判断する必要があります。GPSソーラーウオッチはこの自動判断の機能も搭載することで、世界各地のどこにいても正確な時刻表示を可能にしています。
なおタイムゾーンの修正は、簡単な操作で位置情報を最短30秒で受信します。一方、タイムゾーンを跨ぐ移動がない日常的な生活の中では、使用者は特定の動作をしなくても、ウオッチが受信可能な環境かどうかを判断。その結果、受信が可能であれば自動で最短6秒の短時間で時刻情報だけを受信し、いつでも正確な時を刻み続けます。
微弱なGPSの電波を受信するために
新たなアンテナを開発
先述したとおり、GPSの電波は地上から約2万kmにあるGPS衛星から送られてくるため、とても微弱です。そこで、高感度な受信アンテナを開発する必要がありました。当時の技術者は、この課題を部品の構成を開発し解決します。ムーブメントを金属製のケースに内蔵する構造で、アンテナを、ムーブメントとカバーガラスの間に、文字板の外周に沿うリング形状で、配置したのです。さらにアンテナの上部に電波を通す非導電性部材のベゼル、ダイアルリングで覆うことで、文字板方向からの電波に対する広い指向特性と高感度も実現しました。
新たな構成の結果、世界各地はもちろん、GPS衛星からの電波が届きにくいとされる都会のビル街、腕に付けた状態での動作中や移動中など受信が厳しいとされる状況でも、正確な電波受信を実現。また本構成にしたことで、ウオッチとして高品位の外観ならびにデザイン性も同時に実現させています。
光エネルギーだけで駆動可能な
低消費電力GPSモジュールを開発
ソーラーウオッチは、太陽光や室内光の光エネルギーを電気エネルギーに変換し、動力を得る仕組みです。そしてエプソンのGPSソーラーウオッチは、光エネルギーのみで駆動します。そのため光から得られたエネルギーを安定かつ継続的に供給するための、システムが必要でした。技術者は、ソーラーパネルを文字板の下に配置することで、発電面積を最大化し、GPS機能に必要なエネルギーを確保する技術を採用することで、文字板面に入った光は、電気エネルギーに変換され、変換された電気エネルギーは二次電池に蓄えられ、GPSソーラーウオッチを動かすエネルギーとして使用される光発電システムを実現しています。
GPSの電波を処理する自社開発のGPSモジュールにおいても、GPS受信処理技術を突き詰めるなど、新たな技術に挑みました。1996年ごろより、エプソンではGPSモジュールの開発を手掛けておりました。このころから時計製造から発展してきたエプソンゆえ、開発当初より、GPS技術をウオッチに応用することをひとつの目標にしていました。その結果、携帯電話用に使われていた従来のGPSモジュールと比較して、5分の1程度の電力しか必要としない設計を実現。このような独自技術により、エプソンのGPSソーラーウオッチは、光エネルギーだけでの駆動を実現したのです。
ただ言うは易く行うは難し。GPSの電波には多様な情報が含まれているため、その情報を処理する際には多くのエネルギーを必要とします。その負荷を考慮しながら、光エネルギーだけで動作するGPSソーラーウオッチの開発を追求した技術者の矜持こそ、今日まで連綿と続くエプソン技術者のマインドでもあるのです。
さらなる進化で、低消費電力化、
小型化、使い勝手向上を実現
クオーツウオッチに続く第二の時計革命であるGPSソーラーウオッチの開発の歩みは、その後も継続し現在も続いています。2012年に開発した初期モデルである『7Xシリーズ』に続いて、2014年にはGPSソーラーウオッチの第二世代となる『8Xシリーズ』を開発。同シリーズでは、GPSモジュールの改良によりさらなる大幅な低消費電力化に成功し、約半分の光で充電が可能となり、文字板光透過率の制約を無くして文字板の質感を向上させ、美しい文字板を実現しました。また、ムーブメントの各部品を見直し省スペース構造とする事で、ウオッチヘッドの体積で約30%という大幅な小型化ができ、より洗練させた商品を実現しています。
2018年に開発した第三世代となる『5Xシリーズ』は、サイズだけではなくデザイン面での進化に注力し、『8Xシリーズ』と比較して外径を小型しつつ、文字板の見切り径は広げ、高い視認性を実現しています。さらに低消費電力化を進め、初期モデルである『7Xシリーズ』の約1/4、『8Xシリーズ』の約半分という低消費電力化を実現しています。受信性能に関わる全ての部品を新たに開発したことで、衛星を探し出す能力もさらに向上。時刻修正時間は、初期モデルの最短6秒から半分の最短3秒に短縮しています。
さらに2019年に開発した『3Xシリーズ』は、女性にとっても使い勝手の良い時計サイズ、シンプルなデザインや操作性を実現しています。
また『8Xシリーズ』以降は、日本版GPSと言われる準天頂衛星システム「みちびき」にも対応しており、日本国内において、さらなる高い受信成功率を実現します。
世界初となる技術ならびに、さらなる性能や精度へのあくなき追求を続けるエプソンの研究開発姿勢が評価され、公益社団法人発明協会が主催する平成28年度の「関東地方発明表彰」において、GPSソーラーウオッチが「文部科学大臣賞」を受賞しました。