知的財産戦略
エプソンの知的財産戦略
エプソンでは、「主体的(Proactive)な知的財産活動」を行動指針とし、経営戦略、事業戦略・開発戦略と密接に連携した知的財産戦略(以下、知財戦略)を策定し、成長戦略ストーリーを支えるように、将来の事業展開を先読みした知的財産権の取得、保有する知的財産権の積極的な活用、イノベーション支援を含む持続的成長を実現するための支援などの多面的な知的財産活動(以下、知財活動)を行っています。
エプソンの知財戦略には、以下のような特徴があります。
知財活動の価値階層
エプソンは、知的財産を「企業価値」に変換するための知財活動の価値階層を5段階に定義し、そのレベル5「イノベーションを促進し未来を創り、ブランドイメージを向上」の達成を目指して知財戦略を定めています。そして、その戦略に基づく知的財産保護とその主体的(Proactive)な活用によりイノベーションを知的財産面から強力に支援することが、エプソンのブランドイメージを高め、「企業価値」を向上させることにつながると考えています。
エプソンの知財戦略推進体制
独自のコア技術やブランドを守るための事業戦略や開発戦略と連動した知財戦略を策定するにあたり、事業ごとに「事業部長/開発本部長、知的財産本部長による2者懇談会」を開催し、必要に応じて「社長、事業部長/開発本部長、知的財産本部長による3者懇談会」も開催しています。これらの会議では、技術・ビジネス・知財情報を多面的に調査・分析するIPランドスケープなどの活用に基づくイノベーション支援、事業戦略・開発戦略を強力に支援する知的財産権(特許権・意匠権・商標権など)の取得および活用、DX・共創支援、ブランド支援、などについて報告・議論し、経営戦略や事業戦略・開発戦略と連動するように知財戦略を方向付けています。
また、知財戦略については取締役会でも定期的に報告・議論し、戦略に反映しています。直近の取締役会では、イノベーションを促進する取り組みや、知財活動のKPIについて有意義な議論がなされ、「Epson 25 Renewed」の実現に向けた今後の活動の方向性について確認されています。
こうした経営層との密なコミュニケーションを通じて、不確実性が高く、変化が激しいビジネス環境に、知財戦略を素早く適応させることができる体制になっています。
このように「経営」、「事業/開発」、「知財」の距離が非常に近い関係であることは、エプソン知財活動の大きな特徴であり、経営戦略や事業戦略・開発戦略と連動した知財戦略を策定するうでの強みになっています。
エプソンでは、「持続可能でこころ豊かな社会」の実現に向けて、強みとなる独自のコア技術やブランドを守るための事業戦略・開発戦略と連携した知的財産権の取得戦略の策定、成長戦略ストーリーのもとで社会課題の解決に取り組む事業戦略・開発戦略と連携した知的財産権の活用戦略の策定を行い、これらの戦略に基づき知財活動を進めています。
権利取得戦略
エプソンでは、「主体的(Proactive)な知的財産活動」の実践として、将来を先読みし、さまざまな知的財産権(特許権・意匠権・商標権など)を先駆的・戦略的・効率的・効果的に取得し、知的財産ポートフォリオを構築することに力を注いでいます。
エプソンは、事業の競争優位性を高め、成長戦略ストーリーを支えることに貢献する優れた知的財産権を「BP」(Brilliant iPまたはBrilliant Patent)と定義し、知財戦略において設定したKGIに応じて「BP」取得を戦略的に進めています。「BP」には「BP-F(Fighting)」と「BP-G(Guard)」の2つのカテゴリーを設けています。「BP-F」は他社での実施が確認できており、事業の自由度を確保するための将来の権利活用に利用できる権利です。「BP-G」は事業を保護するために大きく貢献する権利です。
エプソンは、知財戦略に基づいてこれらの「BP」を戦略的に取得し、さまざまな活用に結び付けています。
権利取得戦略の中核は、技術開発にともなって生まれた発明を特許出願し、それを特許権として取得する特許出願権利化活動です。エプソンは、インクジェットプリンターやインクの吐出部品であるピエゾヘッド、プロジェクター、ロボット、ウオッチ、水晶デバイスなどの技術分野において、世界トップレベルの戦略的な出願により、業界屈指の知的財産ポートフォリオを構築し、エプソンの独自技術を保護しています。
権利活用戦略
エプソンでは、成長戦略ストーリーを支えるように、将来を先読みして「BP」を含めた知的財産ポートフォリオの積極的な活用を行っています。知的財産ポートフォリオの活用戦略において、エプソンでは、自社と競合他社の実施状況を2軸で表した4象限の図で考え方を整理しています。この図を「Cカーブ」と名付け、このCカーブをベースに知的財産ポートフォリオの活用戦略を策定しています。
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1.非許諾領域:自社実施あり、他社実施なし
競争力のあるコア技術の権利を取得し、他社には許諾しないことで、競争力の源泉であるコア技術を守ります。
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2.クロスライセンス領域:自社実施あり、他社実施あり
他社も実施したい権利を活用して、クロスライセンスなどをすることで、事業活動の自由度の確保に努めます。
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3.売却・有償許諾領域:自社実施なし、他社実施あり
クロスライセンス締結によって事業の成長に貢献してきたものの、保有することが必須でなくなった権利を他社に売却もしくは有償で実施許諾することで資金回収(収益化)を行います。
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4.放棄・満了領域:自社実施なし、他社実施なし
権利保有コストを鑑み、活用可能性が低下した権利を積極的に放棄します。
このほか、エプソンでは、ブランド支援活動にも、知的財産ポートフォリオを活用しています。
持続的成長を支援する知財戦略
エプソンは、知的財産を基盤として新たなビジネスの好循環を引き起こし、知的財産を企業価値に変換し、企業の持続的成長を実現するため、知的財産権の取得・活用とともに、知的財産に基づくイノベーション支援、共創・DX支援、ブランド支援の活動を展開しています。
(1)イノベーション支援
事業戦略・開発戦略を方向付けるIPランドスケープ
エプソンでは、スタートアップへの出資やオープンイノベーションによる第三者との共創にともない、IPランドスケープを活用した知的財産面からのイノベーション支援を行っています。例えば、スタートアップへの出資を判断する際には、スタートアップ企業が保有する知的財産の価値評価を行っています。また、オープンイノベーションにおいては、IPランドスケープによってその分野の開発状況と知的財産の取得状況を全体俯瞰図にまとめ、技術の将来性について評価しています。
さらに、開発テーマを事業の成長戦略に結びつけるために、その開発テーマの応用範囲の拡大や基盤技術強化などについて、IPランドスケープを活用した分析に基づき、知的財産面からの提案を含めたイノベーション支援を行っています。事業化された開発テーマについては、知的財産本部と事業部/開発本部の2者懇談会を通じて、IPランドスケープを活用した量的・質的な競争優位性の評価を確認したうえで、その後の知的財産の保護とその主体的(Proactive)な活用を定めた知的財産戦略を策定し、実行しています。この段階での知的財産には、特許だけでなく、意匠や商標・ブランドなどの知的財産も含みます。
このように、エプソンでは、開発テーマに基づくイノベーションによって各事業の成長を加速するため、あらゆる知的財産を基盤とした戦略的な知的財産戦略の実行による支援を進めています。
例えば、右図は、脳波を活用したBCI(Brain Computer Interface)技術開発のスタートアップであるNeurable, Inc.が、競合他社と比較して価値の高い特許ポートフォリオを有していることを評価した事例です。このような知的財産の評価が、エプソンが設立したCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)であるエプソンクロスインベストメント(株)による出資判断の際に考慮され、2023年4月にNeurable, Inc.への出資が決定されています。
(注)LexisNexis PatentSightを使用し、エプソンにて作成
Patent Asset Indexは特許総価値
(2)共創・DX支援
共創パートナーとの共創スキームの構築を契約面からサポート
「Epson 25 Renewed」においては、全て自前主義でやるのではなく、互いに理解・協力し合えるパートナーとともに新たな価値をスピード感を持って創造する「共創」を重視しています。
共創を円滑に進めるには、エプソンとパートナーにおいて、互いにとって望ましいビジネスの枠組みを構築することが重要です。その一方、共創において創出される知的財産の取り扱いは、パートナーがスタートアップ企業の場合、ことのほか争点になりやすく、共創によるイノベーション創出の阻害要因になることがあります。
そこで、エプソンでは、共創に関する技術契約を支援する専任のチームを知的財産本部内に設け、共創スキーム検討の初期段階から、当該チームがワンストップで支援をする体制を整えています。
また、近年では、価値ある知的財産であるデータを活用したデータ利活用ビジネスや急速に進化するAIを活用したビジネスの検討も進んでいることから、当該データ利活用ビジネスやAI活用ビジネスとその契約形態を類型化し、類型に応じて迅速に関係者と契約が締結できるようにしています。
(3)ブランド支援
知財ミックスを活用したブランドプロモーション(営業支援)
エプソンは、ブランドを構築するには、(1)他社と差別化された独創性、(2)一貫したブランドコンセプトを継続的にお客さまに発信する一貫性・継続性、が重要と考えています。
(1)独創性について、エプソンでは、商品の独創技術および独創デザインのプロモーションにおいて、それらが知的財産権により保護されていることを紹介することで、商品のオリジナリティの訴求を行っています。
(2)一貫性・継続性については、上記の独創技術や独創デザインに対して商標権を取得し、独創技術や独創デザインを技術ブランド化、デザインブランド化することで、お客さまに一貫してブランドコンセプトを継続的に発信しています。
このように、さまざまな知的財産権をミックスして活用してブランド支援していることは、エプソンの権利活用の特徴でもあります。
【事例】ドライファイバーテクノロジーを支援する知財活動
<ドライファイバーテクノロジーの可能性>
エプソンが「環境ビジョン2050」を達成するべく取り組んでいる「環境技術開発」において、将来性のある技術として期待しているのが「ドライファイバーテクノロジー」です。ドライファイバーテクノロジーは、古紙をはじめとするさまざまな解繊素材について、用途に合わせた繊維化、機能性材料との結合、成形を行うことで高機能化を実現することが可能な、エプソン独自の技術です。ドライファイバーテクノロジーを適用し、大量の水を使わず、使用済みの紙から再生紙を作ることを実現したのが乾式オフィス製紙機「PaperLab」です。
ドライファイバーテクノロジーはさまざまな応用が考えられます。例えば、使用済みの紙を使ったプリンターのインク吸収材、機器の内壁に使用される吸音材として使用されています。他にも緩衝材としての活用も進めています。さらに、コットン衣類の縫製過程で発生する端材を原料として新たな包装材を開発し、ウオッチ商品の包装材として活用しています。一方、エプソンの知見が乏しい分野への応用についてはオープンイノベーションを進めています。循環型経済の確立に向け、例えば、バイオプラスチックや再生プラスチックの使用範囲の拡大を促進するため、ドライファイバーテクノロジーによって生成されたセルロース繊維とプラスチック材料を複合化した繊維複合型プラスチック材料による造形技術の共同研究を進めています。また、再生が困難な繊維の解繊技術を確立し、新たな衣類再生のリサイクルソリューションの提供を目指す共同開発を進めています。
<ドライファイバーテクノロジーを支援する知財活動>
- ■ 特許ポートフォリオ構築
特許ポートフォリオ構築にあたっては、知的財産本部と開発部門による2者懇談会において、IPランドスケープを活用した量的・質的な競争優位性の評価を確認したうえで、開発活動と連携した知財戦略を定めています。ドライファイバーテクノロジーは知的財産の観点でも競争優位性のある技術です。同分野において、エプソンはドライファイバーテクノロジーによる事業の競争優位性を支援するため、知財戦略に基づいて開発黎明期から特許出願を継続的に行っており、量的に他社を圧倒する強力な特許ポートフォリオを構築しています。また、同分野の特許ファミリーの競争力指標が上位となる高評価ファミリーの保有比率においても当社がNo.1であり、知財戦略に基づき、量だけでなく、質の面でもドライファイバーテクノロジーの強い特許ポートフォリオを構築しています。
※1:LexisNexis PatentSightを使用した当社作成の図
エプソンでは、全国発明表彰などの社外表彰において高い評価を受けることにより、当社技術が競争優位性を有することを対外的に明らかにし、企業価値を向上する取り組みを行っています。ドライファイバーテクノロジーについても、強力な特許ポートフォリオから中核技術である「2段ふるい」の特許第6127882号が令和元年度全国発明表彰において朝日新聞社賞を受賞しました※2。この受賞によってドライファイバーテクノロジーが科学技術の振興、産業経済の発展に大きく貢献している価値ある技術であることが社外の評価を通じて明らかになりました。
- ■ IPランドスケープによるイノベーション支援
ドライファイバーテクノロジーによるバイオプラスチック生成においては、IPランドスケープを活用した分析に基づいて、当社技術と親和性・将来性があって他社知的財産権の障壁の低い複数の開発プランを開発部門に提案し、当社独自の開発テーマとなるように方向づけました。このように、IPランドスケープの活用により、ドライファイバーテクノロジーによる新たなイノベーション創出の支援を進めています。
- ■ 第三者との共創スキームにおける契約サポート
エプソンでは、ドライファイバーテクノロジーを核としてさまざまなオープンイノベーションを同時並行で進めています。その際に重要となるのが、共創相手の重要な情報資産である機密情報の管理です。特に同一テーマで共創を同時並行で進める際に機密情報のコンタミネーションのリスクが高まります。そこで、リスク低減のための共創用の機密保持契約(NDA)のひな型を制定するとともに、考え方をガイドラインとして制定し、社内で周知を図っています。当社では共創相手と良好な関係を構築するための契約も重要な知的財産と捉え、法務部門と協力して社員のリーガルマインドの向上を図っています。
- ■ 技術のブランド化
技術は目に見えるものではなく、技術の専門家でないとその価値を理解することが難しいものです。そこで、「ドライファイバーテクノロジー」という技術の特徴を端的に表した商標権を取得し、お客さまに技術名称を認知していただくことで技術のブランド化を進めています。「ドライファイバーテクノロジー」の商標を様々な場面で表示することにより、お客さまにおける技術名称とその価値の認知度を向上させています。