『オリエント』機械式腕時計の設計技術

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70年培ってきた機械式腕時計の設計技術

エプソンにはいくつかのウオッチブランドがありますが、その中でも『オリエント』は発売されてから70年の歴史を誇ります。この長い歴史においては、多くの技術革新がありました。そこで培われてきた機械式腕時計の設計技術について解説します。

1950年から設計されている
『オリエントウオッチ』

『オリエント』の初代モデルが設計されたのは、今から70年前の1950年まで遡ります。そのモデル名は、「ニューオリエント」でした。さらに、翌年1951年には小型のムーブメントを搭載した初代『オリエントスター』が誕生しました。ムーブメントとは、機械式腕時計の動力部を構成している部分であり、動力源のゼンマイならびに発せられたエネルギーを伝達・調整する各種歯車などの部品から構成されていて、機械式腕時計の技術が詰まっている心臓部ともいえます。

1955年には、2番車と4番車(歯車は複数あるため番号がついています)を重ねたセンターセコンドムーブメントのT型を設計。このT型ムーブメントでは、ゼンマイの材料に、より強度の高い「ニヴァフレックス」を採用しました。ニヴァフレックスはコバルト、モリブデン、ベリリウムなどからなるステンレス合金の一種で、非磁性で弾性が強い特性があります。

初代オリエントスター
初代『オリエントスター』(1951年)

さらに、1958年にはN型ムーブメントを設計。N型ムーブメントにおいては、1961年には自動巻き機構を搭載したN型自動巻きムーブメントの設計につながります。自動巻き機構はセンターローター式など機構の違いにより、さまざまなタイプがありますが、『オリエント』および『オリエントスター』では、カギヅメと呼ばれる部品を使う、ラチェット式を採用しています。またこの頃は、防水仕様のウオッチも初めて設計されました。なお自動巻き機構の詳しい技術については、以下の解説ページを参照ください。

約50年作り続けられる「46系ムーブメント」

1971年(昭和46年)に設計された46系ムーブメントは、L型ムーブメントに比べ径・厚さとも小型化されました。また自動巻き機構に『マジックレバー』技術を搭載することで、高い巻き上げ効率も実現しました。この46系ムーブメントはオーソドックスな機構が汎用性の高さにつながり、その後40年以上の長きにわたり『オリエント』および『オリエントスター』の代名詞ともいえるムーブメントとして、さまざまなウオッチに搭載されています。

90年代に入ると、機械式腕時計が再び注目される時代背景もあり、機械式腕時計用ムーブメントの技術開発が再燃します。そうして生まれたのが「パワーリザーブインジケーター」「レトログラード」などです。

46系ムーブメント

パワーリザーブインジケーター

ウオッチがあと何時間駆動するのか。ゼンマイのパワー残量がひと目で分かる機構ならびに表示技術です。当時の技術者たちは、時計づくりの先進国であるスイスの文献などを参考に2年間ほど技術開発を続け、1996年に同機構が開発されました。このパワーリザーブインジケーターは、現在の『オリエントスター』に標準装備されている機能でもあります。

パワーリザーブインジケーター

レトログラード

月曜日から日曜日までの曜日を示す針を、秒針など一定方向の動く他の針とは異なり、逆行させる機構で、レトログラードとはフランス語で「逆行」を意味する言葉です。

ゼンマイで得られたパワーの運動方向を変えるには、新たな機構を加える必要がありました。技術者たちはカムという部品の構造を工夫することで、同機構を実現。日曜日(SU)から月曜日(MO)に変わる深夜に自動車のワイパーのように、ぱっと逆方向に針が戻ります。

レトログラード

生産の効率化を図るために地板を統一

汎用性の高さから長年作り続けられてきた46系ムーブメントですが、多様なモデルに対応するために、ベースとなる地板や受け類(歯車と地板を挟む役割の部品)といった部品も、多く設計されました。そのため製造工程が煩雑になるといった課題がありました。

そこで2012年ごろから「46系F6」と呼ばれる新たなムーブメントの設計がスタートしました。目指したのは、各モデルに対応する共通の地板ならびに受け類です。厚さ数ミリのロール状の金属板を使用することで、連続加工が容易に行えるようにしました。パワーリザーブインジケーター機構の有無を両立させるのが難しいという課題が発生しましたが、技術者たちの技で解決しました。

技術だけではありませんでした。開発を行いながらも既存製品は製造し続ける必要があったため、生産・販売状況を事前に入念に調べ、生産ラインが停止しているあいだも欠品がない配慮も求められました。構想から2年、このような課題を乗り越え、新たなムーブメントを搭載したウオッチの製造が始まりました。

2017年に開発された「46系F7」ムーブメントでは、F6では「日差+25秒~-15秒」であった精度が、F7では「日差+15秒~-5秒」に向上します。後に持続時間も40時間から50時間に増やしています。

装飾の技術革新もありました。それまではゴム砥石で装飾していた模様を、エプソンが他の製品開発で培ってきた刃物で彫る技術に変更したのです。模様はよりシャープに、また刃物を変更する頻度が減ったことで、さらなる生産の効率化も実現します。

最新ムーブメントF8に搭載される
エプソンのMEMS加工技術

がんぎ車

機械式腕時計は約100個以上のパーツから構成されています。その中でも動力に関する機構はムーブメントと呼ばれています。ムーブメントの中で、精度を決めている部分を「脱進機」と呼び、「がんぎ車」、「アンクル」、「てんぷ」で構成されています。中でもがんぎ車はてんぷにエネルギーを伝える重要なパーツです。ゼンマイのエネルギーを少しずつ解放していくのと同時に、「カチカチ」と正確な時を刻む精度を実現する、両方の役割を担っています。

『オリエントスター』に搭載される「46系F8」ムーブメントの開発に際し、がんぎ車を刷新しました。従来のがんぎ車が金属製であったのに対し、F8のがんぎ車はシリコン製です。シリコン製にすることで重さは約3分の1に減少しました。軽くなることで、ぜんまいのエネルギーが有効に使えたり、摩擦・摩耗に強くなりました。またエプソンの半導体事業や技術開発で培ってきたMEMS加工技術により、加工精度は金属製の100分の1mmから1000分の1mmに高まりました。

一方で、シリコンは欠けやすいとの特性がありました。そこで技術者は表面の成膜構造やがんぎ歯車と軸の固定も含めた形状を工夫することで、これらの課題を解決しました。このような技術革新により、F8の駆動時間はF7よりも20時間長い70時間を達成。がんぎ車の耐久性も高まったことで、さらなる安定駆動を実現しています。

このF8ムーブメントの開発においては、技術者の卓越した匠の技に頼っていたこれまでの工程に、エプソンが長年のものづくりで培ってきた製造技術を融合させました。その結果、品質の高い製品を大量に生産できる体制へと、大きく進化したのです。