技術者インタビュー
幅広い用途に対応
レーザー光源プロジェクターの開発と
今後の展望を聞く
2021年5月、エプソンの『単一色のレーザー光源を用いた大光量高画質プロジェクターの発明』が、令和3年度全国発明表彰で「内閣総理大臣賞」を受賞しました。
全国発明表彰は、皇室から毎年御下賜金を拝受し、日本における発明などの完成者や発明の実施、奨励に関し、功績のあった方々を顕彰することにより、科学技術の向上および産業の発展に寄与することを目的として行われています。そして、最も優れた発明・意匠の完成者には「恩賜発明賞」を、次いで「内閣総理大臣賞」が贈呈されます。
エプソンが同賞を受賞したのは、1974年以来、2回目となります。
レーザー光源プロジェクターは、オフィスや教育現場だけでなく、イベント会場でのプロジェクションマッピングなどに需要を拡大させました。美しい映像表現を結実させた発明により生み出される新たなビジュアルコミュニケーションの可能性について、開発を担当した豊岡、座光寺が語ります。
明るさ、コンパクトさ、寿命
課題を解決する鍵は
レーザー光源だった
レーザー光源プロジェクター開発の経緯を教えてください。
豊岡より明るいプロジェクターを作ろうという目標がまずありました。
1994年に発売されたELP-3000は、パソコン接続による会議室での大画面プレゼンテーションの文化を創出した商品です。その当時は、明るさを示す数値は250ルーメンで、会議室を暗くして使用する必要がありました。
その後、さまざまな技術の進歩に伴い、プロジェクターは1,000ルーメン、3,000ルーメンと、急速に明るくなっていきました。3,000ルーメンくらいの明るさになると、会議室を暗くする必要はなくなります。そのためプロジェクターを使用していても、手元の資料を見ることやメモを取ることも苦労しない、そんな環境が実現しました。
やがてプロジェクターは新たな領域に発展していきます。従来は会議室で資料を投写したり、ホームシアターとしての使い方が主流でした。しかし2010年代に入るころから、ホールや大講堂などの大きなスクリーンへの投写や、プロジェクションマッピングなどのイベントに使うような、より明るく、かつ大きく投写できるプロジェクターが求められるようになってきました。
当初は大きなランプを複数個搭載し、明るさを確保していました。しかしそうなると、プロジェクター自体がかなり大きくなります。さらにランプに寿命があるために定期的な交換が必要なことや、イベントの途中で予期せずランプが切れてしまうなどの問題もありました。
プロジェクターの明るさと大きさ、そしてランプ寿命という問題を解決するために選ばれたのが、レーザーを光源にすることでした。レーザー光源プロジェクターの開発が始まった2000年頃は、まだレーザー光源そのものの値段が高く、映像表示に必要な三原色(赤、緑、青)で十分な明るさが確保できていませんでした。しかし半導体などさまざまな分野の技術開発が進んだことが、レーザー光源プロジェクターの実現への大きな進歩のきっかけになりました。
これまで培った
技術と経験で活路を開く
プロジェクター永遠の課題
単一色のレーザー光源から、大光量高画質の三原色光の生成に成功
座光寺レーザー光源プロジェクターでは、光源に青色レーザーを使っています。レーザー素子が他の色に比べて低い電力でも明るい光源光を作れるなど、さまざまな理由から青色レーザーが選ばれました。しかしこのままでは、3LCDプロジェクターに必要な光の三原色のうち、赤・緑の光が得られないことから、プロジェクターの光源としては利用できません。そこで白色LEDなどにも使われている蛍光体を利用し、青色レーザー光と、青色レーザー光を蛍光体に照射して返ってきた黄色の光を合わせて白い光を作り出しました。
蛍光体にレーザーを照射すると、レーザーのエネルギーにより蛍光体の温度は上昇します。そして一点にレーザーが当たり続けることで蛍光体の温度はさらに上昇し、蛍光体が劣化しやすい温度に到達してしまいます。蛍光体の劣化に伴い蛍光体から返る光の量が少なくなり、プロジェクターの輝度が低下してしまうのです。そこでエプソンは、回転する円盤に蛍光体を円形に貼り付けました。これによりレーザーが当たる部位が常に移動し続け、蛍光体はレーザーが当たっていない間に冷却され、温度上昇が抑えられるのです。
レーザー光源プロジェクターでは、ちらつきをなくす技術が使われていると伺いました。ちらつきの原因はどのようなものだったのでしょうか? またそれをどのように解決したのでしょうか?
豊岡実は光源の種類に限らず、プロジェクターにおいてちらつきが問題になるのは珍しくありません。光源にランプを使ったプロジェクターでもちらつきの問題はありました。ですから、レーザー光源プロジェクターの開発においても、早期からちらつきへの対策を検証していました。
当初は、画像を作成する3LCD(液晶ディスプレイ)とレーザー光源との組み合わせでちらつきが発生すると予測していました。ランプ光源のプロジェクターでは、LCDとの組み合わせでちらつきが発生していたからです。
しかしレーザー光源プロジェクターのちらつきは、LCDとの組み合わせだけが原因ではありませんでした。
豊岡レーザー光源プロジェクターのちらつきの原因の一端は、前述した蛍光体を回転させることにありました。
蛍光体には微細な厚みのムラや円盤の基材の反り、蛍光体の接着ばらつきなどがあります。そのため円盤を回転させレーザー光が蛍光体の上を移動していくと、蛍光体の微細な誤差により蛍光体から返る黄色い光の強さが変動し、同一パターンの光の明滅を発生させます。ものを作るうえで生じるごくわずかな誤差は、できるだけ小さくすることはできても完全になくすことは非常に難しいことです。蛍光体においても同様です。
また、レーザー光源プロジェクターでは、レーザー素子を非常に細かいパルス状に制御し明滅させることで明るさを調節しています。レーザー光の強さそのもの制御に加え、パルス幅変調により明滅の制御を行うことで、映像の明暗を精緻にコントロールできるからです。
蛍光体から返る光の明滅の周期と、レーザー素子の明滅の周期がある条件で干渉すると、明滅に低周波成分が発生して目に見えるようになってしまうのが、レーザー光源プロジェクターのちらつきの原因でした。解析を重ねていった結果、円盤の回転数とレーザー光源のパルスの差は20Hz未満のときにちらつきが発生することが分かりました。
蛍光体から返る光が明滅する周波数は、円盤の回転数に依存します。そこでエプソンでは、レーザー光源のパルス幅変調の周波数と、蛍光体の円盤の回転周波数を制御し、円盤の回転数とレーザー光源のパルスの差が常に20Hz以上になるようにしました。
その結果、レーザー光源プロジェクターのちらつきをなくし、見やすい映像投映が可能になったのです。
広がる映像表現の世界
レーザー光源プロジェクターが
新たな価値を提供する
ちらつきがなく、美しい映像を実現したレーザー光源プロジェクターですが、現在はどのような場所で使われているのでしょうか?
座光寺レーザー光源を使用した明るくコンパクトで、長寿命なプロジェクターの普及とともに、プロジェクターの使用用途が大きく広がりました。従来のような会議室やホームシアターだけでなく、商業施設などでのプロジェクションマッピングやデジタルアートといった新しい映像表現の世界が広がりました。
豊岡東京・お台場にオープンしたデジタルアートミュージアム「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」では、10,000㎡のスペースに本技術を採用した約500台ものプロジェクターを設置し、空間全体を映像で覆いつくすという、これまでにない表現の世界を切り開きました。このような大規模な展示では、同時に使用する複数台のプロジェクターの明るさを均一にして映像を投映しなければ、映像の連続性が失われ、大画面のダイナミックさや、360度全方位を映像に囲まれる没入感を損ねてしまいます。そのような場面でもレーザー光源ならではの高精度な調光制御が役立っています。
座光寺レーザー光源プロジェクターは、従来のランプ光源プロジェクターと異なり、設置姿勢を問いません。ランプ光源プロジェクターの場合、ランプの姿勢に制約がありました。しかしレーザー光源プロジェクターであれば、レーザー素子は姿勢を問いませんので、設置角度に制約がありません。そのため、これまでは難しかった床や天井に対しても任意の角度から映像投映ができるようになりました。この特長も、イベント演出においては欠かせない利点になりました。
豊岡さらにエプソンでは、2015年から全国の病院や特別支援学校などの施設内で、「ゆめ水族園」を開催してきました。
「ゆめ水族園」の会場となる施設の部屋は、それぞれ明るさや構造、サイズが異なります。また、見学される方々の見やすい場所は、天井や壁、床など、条件はさまざまです。 そのような条件に対して、レーザー光源プロジェクターを使用する事で、遮光が難しく明るい部屋でも、明るくコントラストが高い鮮明な映像を投写でき、かつ設置角度が自由になったことで、どのようなサイズの部屋でも、容易に天井や壁、床などに投写でき、更に、見ている方の視線に合わせた角度への投写が可能となりました。
レーザー光源プロジェクターの使用により、より豊かな映像体験をご提供できるようになったと思います。
現実世界に映像を混ぜる
レーザー光源プロジェクターが目指す
次の価値
レーザー光源プロジェクターは、今後どのような用途として広がっていくと予想されていますか?
可能性や今後の夢などを教えてください。
座光寺オフィスでの大画面プレゼンテーションの文化を創出したプロジェクターはその後、教育現場でも活用され、どの生徒にも公平な教育を受けられる環境の提供に貢献してきました。さらに用途は広がり、ホームシアターとしてご家庭での利用だけでなく、大規模会場でのプレゼンテーションや商業施設でのプロジェクションマッピングによるデジタルアート、デジタルサイネージなどに領域を広げ、多くの人々が映像を目にし、感動や驚きを与える存在になりました。その裏には本インタビューの光源の開発はもちろん、利便性や信頼性向上のための研究開発や、機器の小型・軽量化などを繰り返してきています。
今後は、ホームやオフィス、商業施設に加えて、新たな領域を開拓していきたいです。例えば、ライティングモデルのように、店舗や商品をプロジェクションによって魅力的に演出する製品も既に発売しています。このように、生活のあらゆる場面で映像体験を通じて感動を与え、「新しい日常」を彩りあるものにしていきたいです。 そのためにも、エプソンの強みであるマイクロディスプレイ技術やプロジェクション技術をさらに高め、他の追随を許さない領域まで到達することを目指していきたいです。
記載の部署名・役職はインタビュー当時のものです。(取材:2021年5月)