技術者インタビュー
クラス最小設置面積*、簡単・安心操作、防塵(ぼうじん)性を高めた大判プリンターの実現
衣食住の「住」を担う設計オフィスや建設現場、「人」を育てる教育現場、「インフラ」を下支えする自治体の現場で使われている大判プリンター。その使われる環境は、限られたスペースの設計事務所、砂塵が入り込むような建設事務所、職員室の裏手にある印刷室などさまざまです。
エプソンは、生活に根差した現場で使われる大判プリンター導入の敷居を下げるとともに、使い勝手を高めて、大判プリントの普遍的な良さを広めていきたい。これがエプソンの思いであり、クラス最小設置面積*、簡単・安心操作、防塵(ぼうじん)性を高めた大判プリンターの実現へとつながっています。
A1対応大判プリンター「SC-T3150シリーズ」商品化への経緯や苦労、社会やお客様に向けた思いについて、開発を担ったメンバーを代表して7名が語ります。
*:2020年9月現在。A1プラスインクジェット大判複合機における。エプソン調べ。SC-T3150Mの場合。
メカ設計担当(当時)
矢島
デザイン担当(当時)
宮宇地
メカ設計担当
酒井
企画・商品化担当
林
ファームウェア担当
向山
画質設計担当
友廣
営業担当
相田
あの"でっかいプリンター"を卓上に置けるように
世界最小クラス大判プリンターの実現について、その思いやこだわりを聞かせてださい。
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矢島大判プリンターといえば、“大きいもの” “でっかいプリンター”というのが一般的なイメージだと思います。私たちエプソンは、「省・小・精」(省エネルギー・小型・高精度)の技術を強みとした会社です。その強みに立脚してあえて小さくしたい、との思いで始めました。けれども、最初から世界最小クラスを狙っていた訳ではありません。企画を進めていく中で、小型・軽量であることの重要性に気付いたのです。
プリンターが小さければ、作業机やラックに載せて使用でき、設置場所の移動も簡単。書類や機器が多く、どうしても雑多になりがちな事務所や印刷室において、スペースを取らないのは使い勝手が良いですね。
開発にあたっては、長年、小型化を追求してきたコンシューマー向けインクジェットプリンター(CIJ)の設計資産を活用しています。例えば、これまでの大判プリンターは、用紙幅の左右の空間に紙を切る専用モーターを設けてきました。CIJの設計資産を活用して、カッターをキャリッジにけん引させることで専用モーターをなくしました。このような工夫により、「SC-T3150シリーズ」では98㎝幅の図面棚に納まるサイズまで横幅を狭くできています。
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そして、小さく作るためのシンプルさの追求は、その後のラインアップ展開にも役立っています。「SC-T3150シリーズ」は紙送り機構や印字部といった重要なユニットを、可能な限りコンパクトにまとめて部品点数を減らし、内部のメカ構造(基本構造)を簡素化しています。その基本構造をベースとして機能追加や削減しやすい設計としました。汎用性を持たせた基本構造の実現には、エプソン自ら、お客様のニーズに合わせた商品を企画・設計し、ものづくりの力を駆使して完成品まで生産する垂直統合型のビジネスモデルが原動力となっています。
「SC-T3150」の発売後、お客様のニーズに合わせて、スキャナー一体型コンパクトモデル「SC-T3150M」、低価格帯の「SC-T2150」、水性の大判プリンターとして国内初*のインクボトル方式を採用した「SC-T3150X」、さらには昇華転写インクを搭載したモデル「SC-F550」など、商品ジャンルを超えたラインアップ展開を実現しています。
*:2021年1月26日時点。大判インクジェットプリンター(水性)において。エプソン調べ。
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基本構造や重要な部品のプラットフォーム設計により、
お客様のニーズに寄り添った商品・サービスを機動的にお届けできますね。
“オフィスプリンター”としてのデザイン革命
「SC-T3150シリーズ」は大判プリンターらしくない、白を基調としたシンプルなデザインです。
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宮宇地そうです。シンプルさはデザインでも追求しています。「SC-T3150シリーズ」は、コピー機やスキャナーといったオフィス機器がある事務所でもお使いいただくことを目指したものです。中には洗練された空間を重視する事業所もあります。そこに、機能がむき出しとなった武骨なデザインの大判プリンターが果たして受け入れられるのかー。
大判プリンターの特殊用途のイメージから、どこでも馴染み、誰でも簡単に使える身近な存在へと変えていきたい。エプソンはオフィスプリンターとしてデザインのあり方を徹底的に議論した結果、同じ事業所内にあるビジネスプリンターとの統一感を持たせながら、洗練された空間に収まるよう「シンプルでクリーン」な外観に一新したのです。
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写真は「Red Dot Award Ceremony 2019」表彰式の様子。左から2人目は柳澤健司さん、3人目は宮宇地さん。
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作業スペースとしても積極的に活用できる。
それは単に"すっきりとした見た目"という表面上の工夫ではありません。お客様の声を分析した結果、プリントしたものをその場でぱっと広げて見たい。それを叶える最も確実な方法は「プリンター天面のフラット化」であると私たちエプソンは考えました。けれども、ロール紙などは上に出っ張っているがこれまでの常識です。完全なフラット面の実現には、内部構造も一新するほどの工夫が詰め込まれているのです。平面かつ、小さく作るのは簡単なことではありませんが、あきらめずに挑戦し続けたことが完成につながりました。
お客様の願いを叶えようとするデザイナーや設計者の皆さんの強い信念を感じます。
宮宇地お客様の使用環境から見ても、「シンプルでクリーン」なことでメリットが生まれます。建設現場では砂塵が舞うことがあり、事務所のドアや窓を開けた際に入り込んだ砂塵が、大判プリンターに付着することがあります。筐体の側面も含めて凹凸のないフラットなデザインにすることで、拭き取りやすくしています。お客様が快適に使っていただけるよう、いかにクリーンさを保つことができるのか、細かいところにも気を配りました。
簡単クリーン、そして砂塵侵入軽減の安心構造
付着した砂塵の侵入を食い止める工夫はされているのでしょうか?
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酒井もちろん、防塵性能では苦労したところです。もし、砂塵が機体の内部に入り込んだ場合、紙送りローラーを摩耗させたり、プリントヘッドに付着して印刷不良を発生させたりしてしまいます。そのため、砂塵の侵入を減らすように外装部品のつなぎ目が噛み合う構造にしたり、給紙口や排紙口の開口部を小さくしたりするなどの工夫をしています。防塵性能を検証するために、粉塵が舞う試験室内で機体にどのような影響を及ぼすのか、厳しい評価を繰り返し、お客様に満足してもらえる品質まで妥協せずにこだわり抜きました。
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スマートな操作性で、印刷設定を簡単に
多様な環境下で使われることを想定した設計がされているのですね。
使い勝手ではどのような工夫を施したのでしょうか?
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林大判プリンターの多くは業務で使われているとはいえ、必ずしも機器に詳しい方が操作されるとは限りません。不慣れな方にしてみれば、日々使うものと同じような感覚で操作したいものです。多くの方にとって身近な存在、それはスマートフォンやタブレット端末ではないでしょうか。「SC-T3150シリーズ」はエプソンの大判プリンターとして初めてタッチパネルを搭載しました。スマートフォンと同じように、表示されたボタンを指でポンと触れて操作でき、操作方法はイラストで分かりやすく案内しているので、導かれるままに出力まで進むことができます。
これはビジネス向けインクジェットプリンターの資産を生かしたものです。プリンターを制御するファームウェアやUI(ユーザーインターフェース)を移植するための大幅な設計変更で担当者は苦労したものの、業界トップクラスの洗練された使い勝手と、一緒に設置されるエプソン製オフィス機器との一貫した操作性が実現できました。
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学校現場でもお使いいただくことを想定していますから、子どもがプリンターに触れる可能性を考慮し、安全性を高めています。これまでの大判プリンターは、切断したロール紙を確実に排出するため、あえて開口部を広くしていました。それでは子どもの細い指だと内部に入ってしまう恐れがあります。開口部を狭くしても確実に排出するために、試行錯誤の末、切断した用紙をローラーで押さえながら送り出す仕組みを新たに開発しました。
フルカラーの拡大コピーをPCレスで!
お客様の安心・安全につながりますね。
そのほかに教育用途として、どのような工夫がされているのでしょうか?
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向山10年ほど前のお話になりますが、学校現場では教材を拡大コピーして授業することが行われていました。その当時、大判プリンターを用いて拡大する場合、パソコンのソフトウェアを立ち上げて、スキャナーで教材を読み取り、プリンターを操作して打ち出す、といった操作が必要でした。作業の複雑さもあり、使いこなすのが難しいと感じる先生もいらっしゃいました。
しかし、教材を拡大コピーしたいというニーズはありますから、パソコンを使わず拡大プリントができる感熱式拡大機が普及していました。感熱式拡大機は単色印刷のみで、色の種類も限られます。当時、エプソンにはカラー印刷可能なメディア幅が24インチの大判プリンターがあり、エプソン製のスキャナーと接続して拡大コピーできないかと考えたのです。コンセプトは「とにかく簡単に使えること」。先生方にお話を伺いながら、使い勝手や求められる画質などを見極めていき、スキャナーで原稿をスキャンしたのち、プリンターのボタンを押すだけで、プリンターの用紙幅に合わせた拡大コピーを完成させました。
それを世の中に出したところ、エプソンの大判プリンターとしてヒット商品になりました。未経験だった領域に手探りで挑戦した末に、先生方に受け入れていただける商品となったこと、その喜びをメンバーで分かち合ったことを覚えています。それ以降の後継機にも拡大コピー機能を搭載し、現在の商品に至っています。
大判紙上の情報で議論、スキャンして共有・保存
PCレスの拡大コピーの実現には、教育現場に寄り添ってきた開発者の思いを感じます。
スキャナーに関連して、「SC-T3150シリーズ」の中には、プリンターとスキャナーが一体となったモデル(SC-T3150 M)があります。このスキャナー機能はどのような時に使われるのでしょうか?
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友廣例えば、建設現場や設計事務所では、大判の設計図面や施工図面を広げて話し合い、決まったことや作業指示を書き込んでいくことがあります。そして、指示などを書き込んだ図面をコピーして関係者で共有します。そのため、「SC-T3150 M」は図面のスキャンを想定し、標準設定の「文字・線画」モードで小さな文字や細線もはっきりスキャンやコピーできるように画質を作り込みました。紙だけでなくデータでも図面をやり取りできるように、PCレスでスキャンにも対応しています。
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センサーの合わせ目部分の感度のむらやずれをなくすために多くのメンバーが苦心し、さまざまな工夫が詰め込まれている。
開発者の思いまで伝える
コーポレート市場におけるエプソンの位置付けと、今後の営業活動について教えてください。
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相田この大判プリンター「SC-T3150シリーズ」は、ポスター、CAD、地図などのさまざまなコーポレート用途で、設計事務所、オフィス、小売店、学校などの多岐に渡るお客様に使用されます。裾野が非常に広く、大判プリンターの全ジャンルの中で最も大きい市場です。しかし、これまでエプソンはこの最大市場において殆ど知られていませんでした。このコーポレート市場に対し、2018年から徐々にラインナップを拡充し、着実に市場認知と評価を高めることができつつあります。
皆さんの話の通り、デザイン、信頼性、使い勝手など、開発者が細部にまでこだわりぬいた商品になりますので、スペックには現れない開発者の思いや、設計思想までお客様に商品の魅力を伝えることで、コーポレート市場のより多くのお客様に知ってもらい、使ってもらえるように、営業として商品をお届けしていきたいと思っています。
大判紙の良さを多くの皆さんに体感いただきたい
最後に、社会やお客様に向けたメッセージを聞かせてください。
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林図面や掲示物などの大判印刷物は、パソコンやスマホが使えない人にも情報を届けることができ、その場で書き込みをすることで、情報の更新や、意思を共有することもできる、しかも電力や通信が途絶えても消えることが無い、普遍的なメディアです。多くの人に、すぐに、確実に情報を伝えなければ、というシーンはたくさんあります。例えば、建設や、教育現場だけでなく、災害現場などでも。私たちエプソンは、その時に役立つ、どこにでも置けて、誰でも使え、手軽に導入できる、敷居の低い大判プリンターを提供できるよう努めてきました。これからも、この普遍的なメディアを広めることを信念に、常にチャレンジを続け、今後も世界中のお客様に心から喜んでいただける商品を生み出していきます。
記載の部署名・役職はインタビュー当時のものです。(取材:2021年4月)