技術者インタビュー

インクジェットヘッドの進化で実現する持続可能な社会

エプソンのインクジェットヘッドは、インク吐出性能、インク対応性、ヘッド耐久性に優れ、高速、高画質な印刷を実現しています。特に、独自のマイクロピエゾやMEMS技術などの生産技術を極めることで実現したPrecisionCoreプリントヘッドは、印刷速度を大幅に向上させながら、より高画質な印刷を実現しています。

今までの事業領域を超えて、さらに広い用途で活用できる可能性を秘めた、エプソンのインクジェットヘッドの特長や、開発したきっかけ、今後の展望などを、同製品の開発を担当した渡邉が語ります。

IJS開発戦略部 エキスパート 渡邉 峻介
IJS開発戦略部 エキスパート 渡邉

独自のマイクロピエゾを具現化できる
エプソンの技術力

エプソンのインクジェットヘッドとは?

インタビューに答える 渡邉 峻介

渡邉エプソンのインクジェットヘッドは、ピエゾ方式を採用しており、独自のマイクロピエゾ技術によってインク吐出性能、インク対応性、ヘッド耐久性において、優れた特性を有しています。

ピエゾ方式とは、電圧を加えることで変形するピエゾ素子の機械的な動きによって、ノズルから非常に小さなインク滴を正確かつ、高速に吐出する技術です。このとき、ピエゾ素子の変位量が大きくないと必要なインク量を吐出できません。つまり、ピエゾ式のインクジェットヘッドの性能は、このピエゾの性能に全てがかかっているのです。より多くのノズルがあると高画質で高速な印刷が可能になるのですが、ノズルを多く持つ高解像度ノズルのインクジェットヘッドを作るためには、非常に高い変位量を持つピエゾ素子が必要です。これを実現するのがエプソンのPrecisionCoreプリントヘッドに搭載されている薄膜ピエゾ(Thin Film Piezo: TFP)テクノロジーです。ピエゾ素子は、薄くなると同じ印加電圧でも変形量が大きくなります。しかし、薄いものは壊れやすく、生産性と耐久性を確保するのが難しくなります。極めて薄く変形量の大きいピエゾ素子を業界内で先んじて作り、高い信頼性をもって、大量に安定して作れる技術を持っているのがエプソンの強みです。

PrecisionCoreプリントヘッドの特長について教えてください。

渡邉まず、小型でありながら従来に比べ、ノズルの数が非常に増えている点です。そして、小さくモジュール化された基本チップがあり、その基本チップの組み合わせでさまざまなプリントヘッドを簡単に作ることができる、スケーラビリティ、つまり高い拡張性を有している点も大きな特徴です。ノズルの数が増えることで吐出できるインク滴の量が増え、高速・高画質な印刷を可能としているところが強みになっています。

また、エプソン独自のMEMS加工技術も特徴の1つです。PrecisionCoreプリントヘッドは、ノズルのサイズや並びのばらつきを抑え、均一に加工されています。これにより、正確なインク滴を吐出できるようになっており、写真印刷などにおいて非常に高い画質を実現しています。

PrecisionCoreプリントヘッド

ICやメモリのように、標準化されたプロセスで生産される製品であれば、他社でも簡単に似たものを作ることができます。しかし、エプソン独自のプロセスは、材料の製造から細かい製造条件に至るまで、全ての工程において検討を重ね、何十年もかけて作り上げてきた独自ノウハウの結晶です。つまり、この薄膜ピエゾ(TFP)や高精度なノズルなどを加工する技術はエプソン独創のものであり、高精度なものを均一に安定して大量に作れるエプソンの技術は、強みの源泉になっていると感じています。

飛躍的な進化のために
若手が大きく変える

PrecisionCoreプリントヘッド開発のきっかけを教えてください。

インタビューに答える 渡邉 峻介

渡邉2000年代に入って、コンシューマー市場を中心に大きな進化を遂げてきたプリンター事業をオフィス領域から商業・産業領域まで、活用範囲を広げていきたいという思いがありました。そこで、プリンティングの世界を変えるべく、全ての印刷市場に適応できるプリントヘッドの開発が必要だと大号令をかけられたのが、当時の碓井社長(現 碓井会長)です。コア技術のレベルを一段引き上げるため、新たなプリントヘッドの開発(PrecisionCore μTFP)が始まりました。インクジェットプリンティングを進化させて、より広いビジネス領域を開拓していこうというプロジェクトでした。

当時のプロジェクト責任者は、進化するためには、これまで築き上げてきた技術を一度いい意味で壊し、組み立て直さないといけないと言いました。そのためにも、若手が新しい発想をもって積極的にやっていかないといけないと。そこで集められたのが30歳前後の若手のリーダーです。若いエンジニアにより、PrecisionCore μTFPヘッドの開発は一気に加速していきました。

PrecisionCoreプリントヘッド開発において、課題だったことを教えてください。

渡邉一番大きな課題だったのは、基本性能を一段進化させながら、並行して小さくすることでした。ノズルやインク流路などのさまざまな要素、アクチュエーターや電気部品に至るまで、全ての無駄をそぎ落としていきました。とにかく隅から隅まで無駄をなくしました。設計から生産技術まで関係者が参加し、連携をとりながら積み上げて、全てにおいて妥協しないでやりきる。目的達成のための課題を洗い出して、設計のみならず量産化まで具体的にイメージしながら、短期間で完成させていくというのは大変難しいことでした。

オープンイノベーションでさらに広がるチャレンジ

インクジェットプリントは今後、さらに活用する分野を広げていくのでしょうか?

PrecisionCoreテクノロジー

渡邉私たちの開発したインクジェットヘッドは、コンシューマー向けはもちろん、ビジネス向けのプリンターや、サイネージ、ポスター、ラベルや捺染などの商業・産業分野も含め、さまざまなカテゴリーのプリンターに活用されています。これらの領域でも、まだまだ印刷品質や印刷速度の向上に向けて開発を進めています。従来の印刷機では、廃液が多く出て環境負荷が高くなりますが、必要なところに必要な分だけ印刷できる「捨てない技術」であるインクジェットプリントであれば、環境負荷を低減できます。従来のアナログ方式をインクジェットでデジタル化し、廃インクが少なく省エネルギーで小ロット多品種生産の印刷環境を広く普及させるため、挑戦を続けています。

さらに、最先端の大型印刷装置をデジタル化する印刷分野から、回路やアンテナなどを印刷で作るプリンテッド・エレクトロニクス、バイオといった工業分野に至るまで、微細な液滴を非接触で正確に打ち出せるエプソンのインクジェット技術で実現できることは、まだまだあると考えています。

新領域にチャレンジするためにも、私たちは「インクジェット イノベーションラボ富士見」を2019年に開設しました。ここでは、エプソンのインクジェットヘッドを搭載した装置により吐出評価を行う事ができ、さまざまな用途へのインクジェット技術応用の可能性を探索することができます。「インクジェット イノベーションラボ富士見」を訪れて頂いたパートナーの皆様と共に、新しい市場・サービスを創出していきたいと思います。そして、この活動を通して、1つや2つではなく、10、20といった、新しいものづくりのプロセスを提案できるようになることが、私たちの責務だと思っています。

持続可能な明るい未来に向けた
インクジェットの進化

インクジェットヘッドの活用を考えている方に向けて、メッセージをお願いします。

渡邉私は、エプソンの今後のさらなるインクジェットの進化と、パートナーとの協業により、社会に貢献できるアプリケーションがまだまだ沢山増えていく事にワクワクしています。生活空間を例に挙げると、Tシャツや服の生地、壁紙、机の木目調や建物の外壁、宅配便で届く段ボール、おみやげのクッキーへの印刷、製品の中では基板への配線、ディスプレイの作成、バイオの検査などでもインクジェット技術の応用が始まっており、あらゆるシーンでインクジェットが貢献できるポテンシャルを感じています。多くのパートナーと手を取り合い、さまざまなチャレンジを一緒にしながら、最後まで諦めず、これらのアプリケーションを形にしていきたいと考えています。何かを刷新したい、改善したい、挑戦したいことがあれば、ぜひお声がけ頂きたいと思います。パートナーの皆様と共にアイデアを実現していきたいと思います。

そして、私達自身も新たな挑戦を通して、さらに進化したいと思っています。インクやプリントヘッドの技術などは、まだまだ進歩できるポテンシャルがあります。5年、10年と経ったときに、全く違った形になって、こんなことができるとは思わなかったというようなチャレンジをしていきたいと思います。必要なところに必要なだけ液体を吐出できる技術、つまり「捨てない技術」と、少ないエネルギーで印刷や生産プロセスに貢献できる技術と、非接触でさまざまな対象に液体を吐出できる技術などを最大限活用して、お客様に提供できる価値を高め、さまざまな社会課題の解決に貢献し、持続可能な明るい未来を創造できればと考えています。

渡邉 峻介

記載の部署名・役職はインタビュー当時のものです。(取材:2020年11月)