Article
徹底的な市場調査と地道な活動による飛躍。
ビジュアルイノベーションの
軌跡。
明るい映像を実現した
マイクロディスプレイ技術。
セイコーエプソン株式会社(以下エプソン)のビジュアルコミュニケーションのコアとなる「マイクロディスプレイ技術」。これは、エプソン独自のHTPS(高温ポリシリコンTFT液晶)パネルを使い、さらに様々な光学系技術・設計技術を組み合わせて構成されています。エプソンはこの技術を応用し、液晶プロジェクターを開発しているのです。
液晶プロジェクターが登場する以前のプロジェクターは、大きくて重く、持ち運びができず、輝度も低いために部屋を暗くして使用する必要がありました。しかし、エプソンが世界で初めて開発したHTPSパネルを3枚使用した3LCD方式の液晶プロジェクターは、明るく目にやさしい画像投影を可能にしている点が特徴の一つです。大画面によるプレゼンテーション文化に貢献しただけではなく、教育現場での活用、ホームシアターへと用途が拡大し、2001年から2021年までの20年間にわたり、500ルーメン以上のプロジェクター市場においてトップシェアを獲得し続けています。
エプソンのマイクロディスプレイ技術の原点は、1973年に発表した世界初の6桁液晶表示デジタルウォッチ「セイコー クオーツLC V.F.A. 06LC」にあります。この商品は消費電力が低く、視認性の高い液晶が評価されました。そこから液晶の事業化として腕時計以外の領域開発を進め、現在のプロジェクター事業に発展していきます。
しかし、私たちのプロジェクター事業は最初から順風満帆というわけではありませんでした。
小型フルカラー液晶
ビデオプロジェクター
「VPJ-700」の
誕生。
1988年に液晶技術をプロジェクターで採用し、世界で初めて製品化。1989年に小型フルカラー液晶ビデオプロジェクター「VPJ-700」として販売を開始しました。
しかし販売は苦戦を強いられました。技術チームの体制を20数名に拡大し、改良を重ねた「VPJ-2000」を販売するも、売り上げは伸びず状況は悪化していきます。当時ビデオカメラなどの普及が進んでいたものの、生活やビジネスの中で、その映像を映し出す装置として液晶プロジェクターのニーズが広がっていなかったのです。
事業の継続が危ぶまれる中で、経営陣は事業を縮小させながらも改めて再構築していくことを決断します。そして、まずは世界中の顧客企業などを訪問する市場調査から開始したのです。
これが最後のチャンス。
地道な活動からチャンスを見つける。
当時、液晶プロジェクター事業改革のメンバーに抜擢されたのは、開発部門5人、営業担当2人。以前は約20人だったことを考えるとかなり人数は絞られました。
選ばれたメンバー達は、世界中のさまざまな顧客企業を訪問。この地道な活動を繰り返すことで、ある市場要望を見つけることに成功しました。
それは、パソコンの普及率が高く、プレゼンテーション文化がある米国での、「パソコンの画面を大きな画面に表示させてプレゼンテーションしたい」というニーズでした。
今後のパソコンの普及に伴うプロジェクターの潜在的な市場拡大を見出した開発者たちは、明るい部屋でも投写できる高輝度・高解像度と持ち運びやすい小型・軽量の両立、そしてパソコンとの直接接続が重要な要素であると判断したのです。「明るさ2倍、サイズ・コスト1/2」を目標に掲げて、商品開発における設計や体制の見直しに取り組みました。
開発側が製品力を高めコストダウンを愚直に追求する中、それを提供する生産体制、販売体制の拡大も進めていきました。試作品を手に全世界の販売代理店を訪問し、実際に製品の輝度・解像度の違いを確かめてもらうことで、製品を扱ってもらうことにつなげたのです。
市場の確立。
さらなるビジュアルイノベーションへ。
1994年、小型・高輝度を実現したデータプロジェクター「ELP-3000」が誕生。同時期にWindows95が世界中で販売され、オフィスでのプレゼンテーションの機会が増加したこともあり、パソコン向けのデータ用プロジェクターとして爆発的なヒットを記録します。
1995年には、日本国内のプロジェクター市場においてトップシェアを獲得。地道な活動や社員が自らの足で取り付けた契約が実を結んだのです。
その後も新たな製品を発表し続け、プロジェクターによるオフィスでの大画面プレゼンテーションの文化を定着させていきます。
一方で、2002年には「ELP-TW100」から本格的にホームプロジェクター市場にも参入し、人々の暮らしにも彩りを添えました。また、教育現場での活用も進み、どの生徒にも公平な教育が受けられる環境の提供に貢献していきます。
技術に関しても、マイクロディスプレイ技術がスマートグラスなどに応用されていくと同時に、プロジェクターではレーザー光源技術の活用を進めていきます。明るく鮮やかな映像表現に加え、長寿命化、設置性を向上。それらを通じて、商業施設でのプロジェクションマッピングによるデジタルアート、デジタルサイネージなどに活用の領域が広がり、多くの人々へ映像を通した感動や驚きを与える存在になりました。
エプソンのビジュアルイノベーションは今後、コア技術を用いた商品で人・モノ・情報・サービスを繋ぎ、「学び・働き・暮らし」を支援することで生活の質向上、産業構造の革新に向けて歩み続けます。
参考文献:大河原克行・著(2015年) 『究め極めた「省・小・精」が未来を拓く』 ダイヤモンド社